宜しくお願いいたします。
日々のやりくりだけで頭痛いだろう。
「もっとこうしてやりたいのにできない」と自分で自分を責めている人にとったら、映画鑑賞者の私達には愛おしい節子の表情・仕草・行動も、できない自分を責めているようで、嫌悪の対象となるだろう。
だが、そうじゃない。
いや~立派だな~と思って観ていたのですが 小母の家に身を寄せてしばらくしたころ、おやおやと雲行きが怪しくなってきます。
気持ちはわかるんですよ。
将校家族の利益にあずかろうという姑息な気持ちもあったかもしれないが、それなりに面倒は見てくれていた。
でも、戦争がなければ、彼は両親と学校教育の庇護のもとで、必要な対人関係も学べたはずだ。
「サポートを受けなさい」というのはたやすい。
隣組等で相互扶助/相互監視されていた時代。
作品名:いつでもくじけない 書名:ぼくのおねえちゃんはビリだぞ. 少なくとも清太には、妹を守らねばという使命感があって、不安な思いをさせたくない気持ちでいっぱいだったんだろう。
又吉:コンビとして活動しながら20代の頃から文筆もずっとやってたんですけど、文筆のほうで相方のことを書くことがあんまりなくて。
海軍大尉を父に持つ、14歳の主人公清太は、病弱な母と4歳の妹、節子と3人で暮らしていました。
テレビの放送ではこの清太が亡くなるラストのシーンがカットされることがあります そして、ラストでは清太と節子の魂が現代の都会のビル群の夜景を見るシーンで終わっていきます。
せめて一生に一度でもいい、見るべきだ。
やがて叔母さんは清太に怒りをぶつけます。
「大人って汚い」でも「飽食の時代に生まれてよかった」でも 「おばさん許せない」でも「清太がガキ過ぎた」でも「そもそも戦争が憎い」でもなんでもいいんです。
(せめて福祉に相談するか赤ちゃんポストにしてくれ) 不幸にして、時代があんなだったから、節子(野坂さんの妹さん)は亡くなってしまったけれど、貴方のせいじゃない。
家族なんて放って、自分のことに集中して、学業・趣味・友情・将来に思いを馳せ、没頭し、悩み、もしくは謳歌する年代。
盗みもワガママも妹殺しも ホタルを弄んでも 正義がやることなので、気になる人は少ないです。
あらすじ 物語は清太 14 が駅で死ぬ場面から始まる。
お腹いっぱい食べられるしね。
頼ってきた孤児の分も出るの? 出たとしても、日に日に少なくなる。
プアボーイ、「淫売婦の子オが学校へ行くなんか無理やわ」って悲しい一言やなあ。
そして、物語は戦時中にさかのぼり、清太の妹である節子が衰弱死する場面を山場に、清太の死までをたどっていく流れになります。
しかし、その時、節子は既にスイカを食べる力も失っており、やがて息を引き取るのでした。
そんなおばさんの嫌がらせが続くようになり、嫌になった清太は節子を連れて、おばさんの家を出ていくのでした。
残された清太とセツコは西宮の親戚に身を寄せる。